無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり

…という昔の偉い人が残した言葉があります。

確か哲学者ですね、違ったらごめんなさい!

でもここで大切なのは、『無知は罪なり』の部分です。

そう、『無知=罪』なのです。

山口は知りもしないのに、中学高校時代に、小学生や幼稚園の頃から『お受験』をするような都会の子供たちを、勝手に蔑んで見ていました。

高いお金を払ってまで、そんなに勉強漬けになってかわいそうとまで思っていました。

でも、本当に愚かだったと思います。

自分は中学受験や中高一貫私立の本質を知りもせず、知ろうともせず批判的だったのですから。

こうして学問をお仕事にさせていただくようになり、初めて色んなことを知るようになり、本当に反省するばかりです。

もちろん、小中高を全て公立で過ごそうが、私立で過ごそうが、それはどちらでも構いません。

去年の塾生達は第一志望合格率85%を達成してくれましたが、ほとんどが公立高校の生徒たちでした(※内訳は岡崎1名、刈谷2名、西尾8名、西尾東5名)。

合格した大学も広島大学、名古屋大学、愛知県立大学、静岡大学、三重大学の国公立をはじめ、関関同立を含めた難関私大にも多数合格しましたし、個人的には公立だろうが私立だろうが、やるべきことをやるかやらないかで受験の合否は決まると思っています。

しかしながら、可能性については知っておいても損はないと思うのです。

例えば東大合格率ナンバーワンの灘高校(※ちなみに人数では開成高校の方が上なのですが)、灘高校はもう尋常じゃないです。

数学については中学校の期末試験で東大の二次試験が出されたり(しかも実際に彼らは解いてしまうのだそうです)、英語についても例えば新高生(※高校から灘に進学する生徒たちのことです)は、この時点で旧センター試験で8割9割取る力があるのだそうです。

逆に言えば、その力がなければ不合格ですし、実際にその対策は、すべての中学生に可能であるということです。

当塾の塾生でも、早慶などの難関高校を受験する希望者は、1年で中学英語をすべて終わらせて、次の1年で高校英語を完了させます。

そしてそれは十分に可能であるし、厳しい話、それができなければトップクラスの私立高校に合格する可能性はほとんどありません。

大切なのは、公立にも私立にもそれぞれメリットデメリットがあり、それについて知ることは、保護者様の責務であるということです。

いいんです、私立のことを知った上で『公立でも充分お子様の夢が叶えられる』と判断されたのであれば。

ただよく分からないままに、右へ倣えでそのまま公立の中学校、高校と進んでしまった場合、大きな可能性を逸してしまうかもしれないということは知っておく必要があります。

本当にしつこいようですが、とある高校の2年生の200名強の生徒が『名古屋大学が第一志望』であるということを知って、本当に驚愕したのです。

合格実績を見れば明らかですが、その高校からは毎年20名前後しか名古屋大学には合格していないので(それでも十分すごい実績ですが)、どう逆立ちしても、1年後には200名弱の高校生が名古屋大学を諦めるという選択を強いられるということです。

厳しいことを言えば、その高校は200名を超える自分の高校の生徒の希望を叶えられていない、ということになります。

天災なども含めてですが、どういうわけか『そんな悲劇は自分の身には降りかからない』と思ってしまうものです。

天災などは防ぎようがないのでまだ仕方がないですが、第一志望に合格するための対策は、取ろうと思えば取れたはずですので、そればかりは怠慢から起こったものであると言わざるを得ません。

いずれにしましても、中学の3年間と高校の2年9か月、合わせて6年弱で、やるべきことはあったはずなのです。

重ねて申し上げますが、だから『私立に行った方がいい』などとは思っていません。

どんなに環境が整った私立高校でも、1割から2割の生徒はドロップアウトしているでしょうし、公立からでも超難関大学に合格した受験生はたくさん見てきました。

ただただ、すべてを十全に知った上で選択してほしいのです。

例えば公立の中学校のメリットとして、『多様性がある』という要因が良く挙げられますが、それは本当にメリットなのでしょうか?

公立の中学校には、よく勉強する子もそうじゃない子も、中には素行の悪い不良などもいて、色々な人たちから多様な社会経験を積むことができるのだそうですが、それって本当にメリットなのでしょうか?

よく勉強を頑張る層に影響を受けるのであれば、それはいいでしょうね。

でも中学2年生の時の山口みたいに、担任の先生に『おまえみたいなバカが学校に来ると、みんなにバカがうつるからもう来なくていいぞ。』なんて言われて本当に不登校になって、勉強なんてまったくやらない素行の悪い友人と遊ぶようになって、その多様性って何のメリット何だろうと今でも思うのです。

その道を選んだのは自分ですので、誰のせいでもないです。

自分の責任ですよね。

その多様性をどう思うのかは各人の自由ですが、山口ははっきりと『デメリット』だと思っています。

そんな多様性なんて、大学に通ったり、アルバイトをするようになればいくらでも経験できます。

一番大切な中学時代に、そんな危険な多様性に触れる必要が果たしてあるのでしょうか?

でもいいんです。

そうはいってもここ愛知は公立王国、公立高校のレベルは全国トップクラスです。

しかしながら、そうはいっても少なからずデメリットはあって、そこに備えるのは保護者様の義務であると考えます。

かつての私たちがそうであったように、中学生高校生は経験していないから、様々な可能性を知る術がないのです。

大人のエゴを子どもに押し付けたりしてはいけませんが、私たち大人がしっかりと調べ上げて、彼らが歩む道を人知れず舗装してあげるくらいのことは必要であると考えます。

『無知は罪なり』、厳しい言葉ではありますが、先人の教えですので間違いないのでしょう。

無知である被害を被るのが自分であればまだいいのですが、未来のあるお子さまにそれを背負わせることは、間違いなく罪だと言えるのだと思います。