“could”はやっぱり仮定法!”If”がなくても仮定法なんやで!

先日、南山大学の過去問について塾生から質問がありました。

昨年度の英語で長文『Ⅱ』の問題、確かダイバーに関する内容だったと思うのですが、質問は以下の通り。

“… but the visible could be better.”という文章があり、その和訳が『もしも視界が良ければよいのですが。(⇐すみません、うろ覚えです)』になっていた。

とのことで、質問の内容は、『なぜ”but”なのに仮定法みたいな和訳になっているのか?』というものでした。

いい質問ですね!

少し前のブログでも書かせていただきましたが、”could”は”can”の過去形ではありません!

むしろ、8割方は『仮定法か現在形』ですし、『過去に~できなかった』の意味で使われるのは、おそらく”could”全体の10%ほど(⇐山口調べ、根拠はありません)。

露骨に『過去を表すフレーズがない限り、まず間違いなく仮定法か現在形だと思ってもらって間違いない』です。

さて、それを踏まえてなのですが、改めて『”but the visible could be better.”』はどういう意味なのでしょうか?

ちなみに、”but”はこの際あまり関係なくて、やはり”could”の捉え方がものすごく重要になります。

【”It couldn’t be better!は『最高です!』】

“It couldn’t be better!”

入試では必須の表現で(会話文でよく出てきます)、意味は『最高です!』。

×『より良くない...。』ではありませんのでご注意を!

直訳は、『それはもうこれ以上良くなりようがない。』⇒『最高だ!』となるわけです。

逆に言えば。

“It could be better….”なら、『もっと良くなる可能性があった…。』⇒『あまり良くなかった…。』ってことになります。

全く同じことが南山大学の英文、”the visible could be better.”にも起こっていて、

『視界はもっと良くなる余地がある』⇒『視界に関していえばあまり良くない・・・』⇒『視界が良ければなおのこと良いのですが』みたいな感じに訳されたのかなと思います。

【『死ぬほど嬉しい!』も”could”で表現できる】

中高生のみなさんも多分日常会話で使うであろう、『死ぬほど嬉しい!』もズバリ”could”で表現できます。

みなさんが『死ぬほど嬉しい!』と表現するとき、もちろん本当に死んでもいいわけではありませんよね?

つまり、『死ぬほど嬉しい!』『死んでもいい!』というのは仮定の話なのです。

“I’m so happy to confirm the result of the entrance exam that I could die!”

『入試の結果を知って幸せなので、死ねるほどだ。』⇒『入試の結果を知って、死ぬほど嬉しい!』

全体の時制は見ての通り現在形なのですが、この”could”が”can”で使われることは100,000%ありません!

『飽くまでも仮定の話なので”could”!』

【文法としては理解していていも、長文の中で出てくると...】

今回この質問をくれた塾生なのですが、英語の成績はかなり良いです。

偏差値は安定して60前後ありますし、これが短い文章の中で出てきていたなら、”could”を見かけても、(お、仮定法かも...)と意識できていたと思うのですが、長尺の文章の中でシレっと出てきたので、ついつい軽視してしまったのかな?と思います。

これを防ぐためには、『三単現のS』『時制』『関係詞』などのケアレスミスと同じく、常日頃から『”could”はほとんど仮定法、”can”の過去形ではない!』と思うことが大切です。

以前のブログでもご紹介いたしましたが、例えば『昨日終電に乗れなかった!』という文章でも、

△I couldn’t catch the last train.

もちろん伝わりますし、間違いではないです。

でもネイティブスピーカーは、”could”と聞こえてきたらまず真っ先に(仮定法かな??)と思ってしまうわけです。

つまり、闇雲に”could”や”couldn’t”を使ってしまうと混乱してしまうんですね。

だから『過去に~できなかった』と言いたいのであれば、”failed to~” “wasn’t able to~”を使うべきです。

〇”I failed to catch the last train.”

〇”I wasn’t able to catch the last train.”

本当はもう少し詳しく説明したいのですが、まあ文字で読んでも疲れるだけですので、本日はこの辺で...。

とにかく、『”could”は80%仮定法!』と思っていただけたら、もうそれだけで今日のブログは大成功です。

【たくさんのお問合せ、本当にありがとうございます!】

実のところ、先月から今月にかけて、ほとんどお問合せいただけなかったのですが、先々週あたりからたくさんのお問合せをいただいております!

毎年のことですが、当然この時期は高校3年生が卒塾していきますので、教室のキャパシティとしては全然余裕があるのですが、それでも彼らや彼女達がたくさん質問に来てくれますので、どうしても新規の中高生のみなさんのためのお時間が、こちら都合になってしまいますことをご了承くださいませ。

当塾は100%現生徒第一主義です。

いや~…、昔は『新規最優先!講師が足りなくても、とりあえず新規獲得してから悩め!』という社風の学習塾でしたので、今は本当にありがたい...(とはいえ、山口はそんな社風はまったく無視、我が道を行くでしたのであまり関係なかったと言えば関係なかったのですが...)。

きれいごとを言うつもりはなく、学習塾や予備校は営利目的の企業。

決して前塾の方針を否定するつもりはありません。

でもやっぱり、最優先すべきは我々の利益よりも、今信頼して当塾を選んでくれている中高生のみなさんや、お父様お母様のご期待に応えること。

利益はその結果であると考えたいですね。

とはいえ、お問合せは随時お待ちしております。

ただの学習相談などでも構いません。

ただの学習相談が、当塾にとってメリットがあるのか??という疑問を持たれるかもしれませんが、宣伝広告を一切しない当塾にとっては、『あの塾とってもよかったよ!』と言っていただけるだけでも充分メリットがあるのです。

そして、正しい学習法であったり、公立中学校や高校の真実を知っていただきたいです。

もちろん、個人個人では公立の中学校や高校にも素晴らしい先生はいらっしゃいます。

しかしながら、しつこいようですが、『よくできる1割のお子さん』『平均的な学力・意欲の6割のお子さん』『学習意欲もなく、勉強がニガテな3割のお子さん』を、同時に40人、高いクオリティで指導することなど不可能なのです。

学校の先生が悪いわけではありません。

この仕組みにこそ問題があるのです。

『そういった空間だからこそ多様性を学ぶことができる』

その多様性は、大学や社会に出てからでも充分学ぶことができます。

メリットを考えることももちろん大切ですが、デメリットはお子様の人生の舵取りを誤る可能性があります。

そして、私たち大人と違い、有限である中高生のみなさんの3年間・6年間は取り返しがつかないのです。

それを踏まえて改めて申し上げますが、学習相談だけでも結構ですので、どうぞお気軽にお問合せください!(その代わり、ほんの少し宣伝していただけると、ものすごく嬉しいですね!)

そんなわけで、高校3年生のみなさん!

最後の最後まで絶対に諦めないでくださいね!