厳しすぎてごめんね…
とある男子高校生にちょっと厳しくお声がけさせていただきました。
こんな感じです。
①山口から1週間でノートを10ページ埋める課題が出た。
②だけどゴールデンウィーク期間中に部活動の大会があって、ちょっと難しそう・・・。
それに対して山口は、『厳しいことを言うけど、僕にはその言い訳は通じないから、大会があろうが、試合で一日中拘束されようが、絶対にやり切ってきてね。』とお伝えしました。
でも本当にこれは厳しいのでしょうか?
まず自分が出した課題ですが、とにかく『英単語でも短い英文でも、何でもいいからとにかく一生懸命書いてノートを10ページ埋めてきてね』というだけのものです。
京大や早慶の問題を解いてきて、100%で理解してきなさい、と言ったわけではありません。
このような課題を出した理由として、まず『量をこなす』という習慣ができていないと判断したからです。
彼の名誉のためにお伝えさせていただくと、彼は自習にはほぼ毎日来てくれています。
居眠りなども一度もしたことがありません。
しかし厳しく評価させていただくならば、負荷のかかった学習というのはできていませんでした。
だから『まずは量をしっかりとこなす土台を作る』『そこから何が必要で、何が不必要なのか?を自分で考えて学習に反映させる』、そのために『1週間でノートを10ページ埋めよう』という課題を出したのでした。
もちろん普通に考えれば、『部活の大会があるんなら課題ができなくても仕方ないじゃん』と思うかもしれません。
実際に『じゃあ仕方ないから今週は課題無しね』という指導者もいると思います。
そして私も、それが時間に余裕がある中学生や高校1年生ならば、『じゃあ今週は課題無しでいいよ』と伝えています。
しかしもう時間に余裕がない受験生なら話は別です。
卒塾するときに、仮に第一志望に不合格になったとして、『でも自分はあの時、勉強よりも部活を優先したので仕方ないです』と言ってくれるならいいです。
でも後悔しませんか?
部活が原因で第一志望が不合格になるんですよ??
そしてさらに厳しいことを言えば、社会に出てから『○○があったので期日に間に合いませんでした』は通じません。
たった一回その言い訳をしただけで、『あ、じゃあ君にはお願いしないからもういいよ』、これで終わりです。
もう誰も相手にしてくれません。
今私がみなさんに、あれやこれやと一生懸命厳しいお声がけをしているのは、ズバリ『お月謝を頂戴しているから』です。
私達がお金をいただいているからですよ。
これが逆に、みなさんが誰かからお金をいただく立場になったとき・・・つまり働くようになったとき、『○○があるからできません』なんて言い訳は絶対に通じません。
だから『部活と受験勉強のどちらが大切なのか』、しっかりと考えてみてください。
自分は『部活をやめて勉強しなさい』と言っているわけではありません。
『部活が受験勉強の妨げになるのであれば、部活はやめればいいじゃない』と言っているんです。
さらに厳しいことを言わせていただきますが、そういう言い訳をする中高生に限って、ゲームやスマホは削らないんです。
ゴールデンウィーク中に大会があると言っても、『1週間全部、朝から晩まで試合』というわけではないでしょう?
試合が無い日もあるでしょうし、隙間時間で単語帳に一生懸命目を通すくらいのことはできるはずです。
今回たまたま彼が槍玉にあがってしまいましたが、『部活があるから勉強できません』という中高生はうちには向いていません。
『そんなひどい塾があるんだ・・・。部活があるなら勉強できなくても仕方ないよ。うちならそれでも第一志望に合格できるよ!』・・・な学習塾で頑張ったほうがいいです。
うちは授業を教えるだけの学習塾ではありません。
『通っている学校や目標は違っても、一生懸命頑張る仲間が集まって、みんなで大きな目標を目指す空間』でありたいと願っています。
そして本当に象徴的な事実なのですが、この3年間難関大や難関高校に合格した卒塾生のみなさんについてお話します。
・毎日自習室に来ていた中高生⇒ほとんど全員合格
・自習にまったくこなかった高校生⇒ほとんど第一志望不合格
自習に来たからといって、必ず第一志望に合格するわけではありません。
ですが自習に来なかった高校生、つまり『厳しい環境ではなく、自宅というぬるま湯を選んだ高校生』は全員不合格でした(一昨年度の名市大受験生がそうでした。野球部員であるにも関わらず、毎日自習に来ていた貴哉先生は合格、A判定が出ていたけどまったく自習に来なかった受験生は不合格だったのです)
私は当塾が厳しい塾であると自覚してはいますが、ほとほと『人の行動や意識を変えることは難しい』を痛感しております。
ですので、目に見える形で頑張れない中高生は、今後はお辞めいただこうと検討しています。
でもそんなおかしなことを言っているわけではありません。
『自分が掲げた目標のために、自分で頑張れない受験生を、私の力では変えることができません・・・』と思い至った次第です。