64年前の東大の二次試験(英語)に、現代文講師が挑戦してみた!

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教室長ブログ

ま~東大の問題は本当におもしろい!(※当方英語と現代文しか対応できませんが・・・)


個人的には英語に関して言えば、京都大学が日本一難しくて、その次に来るのが東京大学だと思っています。

もちろん人によっては、『いや、早稲田大学理工学部の方が難しいよ!』『京都府立医学部の方が難しいよ!』という意見もあるでしょうし、もちろんこれらの大学もめちゃくちゃ難しいですね!

上記は飽くまでも山口個人の主観であることを念押ししておきます


それではこちらが64年前の東京大学二次試験の問題DA!

(※刈谷高校のK君と岡崎高校のRさんにはこの問題に挑戦してもらいますので、ここから先は読まないように!)

東京大学伝統の『英文要約問題』ですね!(※もちろんこの問題は二次試験の一部であって、10倍くらいの量の問題がこの先待ち受けております)


この『要約』というのがポイントでして、単なる『英文和訳問題』ではないところに東京大学の矜持を感じずにはいられません。


『英語だけを勉強してきた受験生はふるい落とす!』、そんな意志が煤けて見えますね。


そんなわけで現代文講師山口の和訳と要約はこちらでございます。


【1960年 山口の全訳】

 大部分の人間は利己的な利益に支配されているわけではない。もちろん、私たち人間は自身のため、そして自分たちの家族のためにきちんとした生活を望んでいる。具体的に言えば、理にかなった安全と穏やかな生活を求めている。しかし私たちは、権力に対するどん欲なまでの渇望や、さらに言えば必要以上の富のために突き動かされているわけではない。それゆえ、もし人に積極的な外交政策、もっと大げさに言えば戦争などに対して、自分たちの穏やかな生活を犠牲にするよう求めるのだとしても、利己的な利益を根拠とする働きかけは無駄である。これこそがまさに、人間の個人的な生活に対する動機付けとして、私たちが無意識に拒絶しつづけている根拠でもあり、外交政策の基盤として提示されたとき、等しく拒む根拠でもある。民主主義的な外交政策は理想的でなければならない。もしくは、少なくとも(誰もが共有しているような)偉大で一般的な原理原則という観点において、正当化できるものでなければならない。もし人々が、今自分たちの力を発揮できているのだとするならば、自分達が今やっていることは人間にとって利益があることであり、そこからより良い世界が生まれるということを確信できるものでなければならないのだ。現実主義者は『第一次世界大戦を終わらせるための戦争、第二次世界大戦における束の間の平和存続』をほくそ笑む。しかしこういった戦争は、こうした訴えかけなしに継続することはなかったであろう。人々に『今私たちは、自分たちの財産や生活のためだけにだけ争っているのだ』と一度教えてみなさい。そうすれば彼らは、それを実行するためにより簡単な方法があることに気付くだろう。つまり(争うのではなく)降参するということである。

【50~150字で要約】

 私たち人間は、私利私欲に突き動かされて行動を起こしているわけではない。外交政策や戦争において、利己的な利益を満たすような動機付けは全く意味が無く、『自分たちがそういった行動を起こす根拠は、人類そのものの利益や、世界をより良くすることにこそある』と働きかける必要がある(125words)。

 

正直この小門に限って言えば、ほとんど減点されない自信があります(※そればかりは神のみぞ知るところですが)


これ、英文そのものは別にめちゃくちゃ難しいわけではないんですよね。


もちろん京都大学や医学部の方が、もっともっと難しい英文を取り扱っていると思います。


しかし東大の問題の難しさはそこではない。


『英文を正確に読解するのは当たり前、その上でその文章が問う大意を、自分の言葉で簡潔にまとめる』

これこそが東大の問題の難しさであり、東大が受験生に求めている資質だと実感します。



こういった問題に対応するためには、『英単語を覚える』だの『英文法や精読のルールが完璧であること』は言わずもがなですが、それ以前に『少しでもたくさんの本を読んでおいて、自分の中の語彙力を増やし、表現の幅を広げておく』という強固な土台が必要になります。

(※自分で言うのもなんですが、今回自分が和訳で用いた表現は、これまでの読書の賜物です。偉大な先輩方が残した名文無くして、文章を書くことはできません)



そしてここからが本番ですが、残念ながらこの力は公立高校入試、及びそれをゴールと定めている公立中学校や学習塾での指導では身につきません。



余談ですがここ2~3年の間に、漢字を使えない中高生が非常に増えました。


例えば『前置詞』とか『副詞』『接続詞』という漢字すらも書けないのです。

『前置詞』という言葉は『名詞の前に置かれる』という大切な意味を含んでいるからこそ『前置詞』というのであって、これをひらがなで『ぜんちし』と書いてしまっては、その品詞が持っている働きを理解することはできないでしょう。


しかしこれは中学生の責任とばかりは言えません。


公立中学校に外国人が増えたからでしょうか、はたまた公立高校入試がオールマークになってしまったからなのか(おそらくはその両方でしょう)、学校の先生自身が『テストでは漢字で書けなかったらひらがなでもいいよ』と言っているのです。


これでどうやって漢字を使う習慣が身につくのでしょうか?

さらに言えば、漢字で書かれた文章を読解できるようになるのでしょうか?



今回は『東大』などと大風呂敷を広げてしまいましたが、そんな難関大に限った話ではありません。


このままでは『思ってもいなかった中堅以下の大学』にも足をすくわれてしまう受験生が増えていくことでしょう。



『中学校の頃は成績がよかったのに(※愛知県の公立高校入試問題限定で)、西尾高校や西尾東高校に入学してみたら、一気に英語や数学がニガテ教科になってしまった・・・』


ニガテになったわけではないのです。


オールマークの公立高校入試を目標に、そのための対策しかしなかったから、本当に必要な学習ができていなかったというだけなのです。


私達は最近では、『入塾年齢制限をもっと下げなければならないかもしれない』、そう感じています。



難関大が受験生に求める力、それは2年や3年といった短い期間では身につけることは難しい、そのように切実に感じています。



とある難関国立大学の教授がこう言っていました。


『考えること、文章を書くことが嫌いな学生はうちには向いていません。他の大学を受験してください』



中高生のみなさん、みなさんが大学を選べるわけではありません。


ちょっと頑張れば結果が出せた公立高校入試と一緒にしてはいけません。


大学が君たちを選別しているのです(・・・と都築先生が言っておりました)。




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