君の限界を君自身が決めてしまっていないか??
こんにちは!
いよいよ最近は日中も肌寒く感じるようになってきました。
季節の変わり目は体調を崩しやすいので、みなさん体調管理もしっかりとお願いしますね。
さて、毎週恒例の大掃除です。
長机を全部どかして掃除機掛け・・・。
この通り!
下駄箱も全てのスリッパを出して雑巾がけです。
スリッパはしっかりアルコール消毒して・・・。
こちらも完璧!
もちろん指導ブースも隅から隅まで掃除機掛け・・・。
これにて終了!
そんなわけで当塾は、塾生が最高の環境で集中して学習できるよう、埃一つ落ちていない空間を目指しています。
・・・とかいうと山口がとても神経質なきれい好きのような印象を与えてしまうかもしれませんが、キャラ的にはまったく真逆です!
・・・というわけでいつもの掃除話は置いといて、今日はタイトルの通り、『自分の限界』についてお話したいと思います。
今日も山口の体験談を交えてお話させていただきますが、いつも通り僕自身の体験談はほとんどが『反面教師』です。山口の悪かったところを見て、みなさん自身がそうならないようにしていただけたら嬉しいです。
もうね、これだけ毎日『野球、野球』と野球の話ばかりしているので、ご多分の予想に反せず、山口はバリバリの野球部員でした。
リトルからがっつり野球漬けで、『将来は絶対に広島カープか中日に入る!』と思っていました。
しかしある日悲劇が訪れます。
頑張り過ぎて野球選手としては致命的な、肘を故障してしまうのです。
今でも肘は変形したままで、一生治らないと言われています(治らないとは言っても肘が曲がってしまって伸びなくなっただけで、日常生活にはまったく支障はありません)。
これがその肘です。
それが高校2年生になる前の春・・・。
『これ以上硬球で野球を続けると、いつか本当に取返しのつかないことになるよ。』と言われ、高校球児だった山口は野球を諦めてしまいました(公立高校でそんな強い野球部でもありませんでしたが・・・)。
やるだけやったから仕方ない。
これは自分のせいじゃない。
自分は限界までやったんだ。
そう思っていました。
でもね・・・全然そんなことなかった。
本当に野球が好きなら、もう片方の腕で頑張ればよかったし、硬式野球がダメなら例えばマネージャーとして裏方で頑張る道もあった。
大学から軟式野球で頑張るでもよかった。
結局、『ケガしたから仕方ない』『自分は限界までやったんだ』というのは、自分への言い訳でしなかったのです。
別に腕がなくなってしまったわけじゃないんだから。
そして世の中には、腕がなくても夢を叶えた野球選手だっていたのです。
この選手はなんと片腕でメジャーリーガーになり、名門ニューヨークヤンキースでノーヒットノーランまで達成しています。
そしてこちらの選手はなんとバッターです。
結構昔になりますが、こちらのピート外野手もメジャーリーガーとして活躍した選手です。
彼らに比べると、山口が設定した自分の限界値がなんと低いことか・・・。
厳しい言い方をすれば、『山口にとっての野球はしょせんその程度でしかなかった。』ということです。
これはね、受験勉強も同じ。
頑張ってさえいればできたかもしれないことを、やらずにできなかったのであれば、その人にとっての志望校って『しょせんその程度でしかなかった』ということです。
(行きたいけどなあ・・・でも無理だろうなあ・・・)
それくらいの熱量しかなかったということ。
もちろんね、100人いたら100人、1,000人いたら1,000人、全員性格も特徴も違うので、限界値だって人それぞれです。
10時間ぶっ続けで勉強できる子もいれば、英単語1個 公式1個覚えるのに、ものすごいエネルギーを使う子もいるでしょう。
でもそれでいいんです。
ただ、自分の限界まで頑張ってください。
今英単語1個覚えるのが君の限界だったとしても、諦めずにそれを毎日続ければ、いつかは英単語2個、3個・・・1日に100個覚えられるようになります。
絶対になります。
ただし、君が(無理だ)と思った瞬間に、それは無理になってしまいます。
あなたの限界は誰が決めていますか?
お父さんお母さん?
学校や塾の先生??
あなた自身が(これが限界だ)なんて思っていませんか??
以前も少しご紹介いたしましたが、『宇宙飛行士になりたい!』と言った少年、元々そんなに成績が良かったわけではありません。
だけど彼自身が一瞬たりとも諦めなかったから、刈谷高校に進み名古屋大学の工学部(しかもその中でもトップクラスの航空工学科)に合格し、今はミシシッピ大学で研究をするまでになったのです(帰国したらサインもらっとこう)。
さあ頑張りましょう!
大丈夫です!
本当に大概のことはできますから!
本日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。