内申点という極めて不可解な制度のお話

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教室長ブログ

2年前のことになりますが、当塾の卒塾生が名古屋大学に合格しました。


この女の子がすごい優秀・・・というかいわゆる天才の類だったのですが、なぜだか中学校の時の内申点は”29”だったのだそうです。


そのため、本当は刈谷高校へ行きたかったのですが、学校の先生に激しく抵抗され、泣く泣く刈谷高校は諦めたのだそうです。

(※もう山口からしてみれば、担任の先生が彼女の正しく評価できなかったからでしょ?としか言いようがないのですが)



そうして進学した西尾高校でもどうやら学力では評価してもらえなかったようで、いわゆる特進クラスではなく普通クラスでした。


ただ私たちは、『名古屋大学は絶対に合格できる!』と確信しておりましたし、もちろんその通りの結果が出ました。


名古屋大学はもちろんですが、西尾高校では7年ぶりとなる『名古屋市立大学薬学部合格(※名大よりもはるかに難しいと言われています)』という最高の実績を作ってくれたのでした。



これはいいんです。


中学校や高校の先生方からきちんと評価してもらえなくても、本人が結果を出してくれたのですから何の問題もありません。




最近本当に感じるのですが、非常にまずいなと思うのは逆のパターンです。


内申点が43とか44、最高点の”45”の中学生の学力が、それに伴っていないケースが非常に増えてきました。




絶対評価というものは、その生徒の本当の学力とは関係なく、教師の個人的な主観でいい生徒だと思った中学生・・・。


はっきり言ってしまえば、多少学力が伴っていなくても、ポイント稼ぎが上手い中学生ならなんぼでも内申点を上げられる制度です。



これの何が問題なのかというと、本人の学力はそれほどでもないのに、高い評価をもらえてしまうこと、そのため、本人はもちろん、周りの大人にも正しい学力が分からないということになります。




この状態で高校生になってしまうと、本当に身につけなければならなかった力が備わっていないわけですから、まったく高校の授業についていけない、これもはっきりと言わせていただくならば、『大学受験レベルの勉強には対応できない』、ということになります。


ましてや今の公立高校入試はオールマークなのですから、その傾向はより顕著と言えるでしょう。


実力などなくても、『4分の1で正解できる』、それが今の公立高校入試です。


これで本当の力などをはかることなどできるわけがありません。



世の中の難関国公立大学がほとんど記述を採用しているのはそのためです。



そういったわけで今高校1年生のみなさん、そして保護者様。



7月の模試は非常に重要な試金石となります。


この模試で偏差値が60を下回ってしまうと、大学受験レベルの学力は身についていない、ということになります。



この模試は実力テストのようなもので、難易度もさほど高くはありませんし、全国のトップクラスの高校生は受験しておりません。


逆にそれほど学力が高くない高校生も多数受験しております。


したがってこの模試のボーダーラインは60。


進学校を引き合いに出して恐縮ではございますが、岡高生や刈高生は学年ビリでも偏差値60を超えています。


しつこいようですが、高校そのものはどこでもいいのです。


しかしながら、岡高生や刈高生と同じ土俵で戦うのであれば、少なくとも彼らや彼女たちと同じ努力、むしろそれ以上の努力を積み上げなければなりません。



とはいうものの、実際に岡高や刈高に通っているわけではない高校生が、これらのトップクラスの進学校に通う高校生たちがどのような授業を受けているのか?また、どれほど厳しい課題をこなしているのかを知ることはできません。



それほど野球が強くない高校の野球部員が、大阪桐蔭高校の練習のきつさを100%理解できないのと同じです。


実際に体験してみないとそれは分からないのです。


そして毎年毎年思うのですが、この7月の模試を受けて結果が返ってくるのは8月末。


もうこの時点で、高校に入学してから4か月が経ってしまっているのです。



この4か月で相当な差がついています。


しかしこの現実に、非進学校に通っている高校生が、主体的に気づくことは相当厳しいです。


この厳しい現実を伝えなければならないのは、私たちも含めて保護者様の責任です。




【余談ですが・・・】

もう既出なのですが高校野球大好きな山口が引き合いに出す長崎県の公立高校『清峰高校』、ここは地元の中学生にも笑われるほどの弱小野球部・・・というよりも部員が5人しかおらず、そもそも試合ができなかったのだそうです。


そんな田舎の公立高校が、10年足らずで甲子園で優勝するわけですが、その過程がものすごい。


当時の吉田監督はもちろん鬼のような練習を部員たちに課したわけですが、当然伝わらない。


そこで取った行動が、野球の超強豪校『鳴門工業高校』の練習に参加する、というものでした。


その結果・・・、余りにもその練習がきつすぎて、清峰高校野球部の面々は涙を流しながら、そして王としながらその練習をやり切ったのだそうです。


そうして野球部員たちの意識は変わり、そのわずか3年後には甲子園に出場、初戦であの愛工大明電を倒したのだそうです。


(ちなみに当時の愛工大明電の部員たちは、相手が清峰高校と決まった瞬間にガッツポーズしたそうです。奢れるものは久しからず、ですね)。


ちなみにその吉田監督はその後、山梨県の山梨学院高校に転任となるのですが、一度も甲子園で優勝したことがなかった山梨県を、県勢初の優勝に導いております。


その一方で、吉田監督が去ってしまった清峰高校は、その後一度も甲子園へ出場することができていません。


やはり指導者は本当に大切だと痛感させられますし、それは野球だけではなく、ありとあらゆるスポーツ、学問においても同じです。


そして受験において一番の指標となるのは合格実績。



名古屋大学の合格実績を持っていない学習塾に通って、名古屋大学に合格できる可能性は極めて低いと言えるでしょう(もちろん、可能性がゼロとは言いませんが)。


また、たとえその合格実績を持っていたとしても、『○○塾西尾校』の実績でなければ意味がありません。


なんぼ『東大○○〇人合格!』という大層なものを掲げていたとしても、西尾の校舎から出ていないのであればまさに絵に描いた餅です。

その餅を食べることなんてできません。



東京や大阪、名古屋の実績など何のあてにもならない、少なくとも山口はそう考えています。

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