プロでも誤訳することがある(※読まなくてもいい度★★★★★)

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教室長ブログ

本当に念を押しておきますが、今回のブログはまったく読む価値がありません。



受験にもまったく、これっぽっちも、役に立ちませんし、読後に(…本当に読まなきゃよかった…)と思う度99.999%の自身があります。



それではこれだけ念を押しましたので、思い切って書きたい放題書いてみます。






【どんなにすごいプロでも間違えてしまうことはある】




こちらはジョン・スチュアート・ミルの『自伝』より。


なお、難易度は京大や東大、早稲田の国際教養などをブッちぎってしまうほどの鬼の難易度です。



それがどれくらいなのかというと、『ケンブリッジ大学やオックスフォード大学で、哲学を専攻してるがくせいなら、かろうじて読めるレベル』だそうで…(とチャットGPTが言ってました)。





① A treatise, however, on a matter so abstract, could not be expected to be popular; it could only be a book for students, and students on such subjects were not only (at least in England) few, but addicted chiefly to the opposite school of metaphysics, the ontological and “innate principles” school.

② I therefore did not expect that the book would have many readers, or approvers; and looked for little practical effect from it, save that of keeping the tradition unbroken of what I thought a better philosophy.

③ What hopes I had of exciting any immediate attention, were mainly grounded on the polemical propensities of Dr Whewell; who, I thought, from observation of his conduct in other cases, would probably do something to bring the book into notice, by replying, and that promptly, to the attack on his opinions.

④He did reply but not till 1850, just in time for me to answer him in the third edition.

⑤ How the book came to have, for a work of the kind, so much success, and what sort of persons compose the bulk of those who have bought, I will not venture to say read, it, I have never thoroughly understood.



和訳はこちらになります。

①しかしながら、これほど抽象的な問題についての論文が人気を集めることは期待できず、せいぜい学者向けの本にしかなりえない。しかも、そういったテーマを研究している学者は(少なくともイングランドでは)少数であるのみならず、主に形而上学の対極の学派、存在論や「生得原理」の学派に傾倒していた。


②したがって、私はこの本が多くの読者や賛同者を得るとは予想しておらず、自分がより優れていると考える哲学の学派の伝統を絶やさずにおくということ以外に実際的な成果はほぼ求めてはいなかった。


③即座に注目を集めることを多少なりとも期待していたとすれば、それは主にヒューウェル博士の議論好きな性格を根拠としたものだった。というのも、他の場面での彼の振る舞いを観察して、おそらく彼は批判に返答してくる、しかも素早くそうすることで、この本に注目を集めることに一役買うだろうと考えたためだ。


④たしかに、彼は返答をよこしてきたが、それは1850年のことで、ちょうど第3版で彼の返答に答えるのに間に合うくらいのタイミングだった。


⑤この本が、そういう作品でありながら、どうしてあそこまで成功したのか、また、それを購入した(「読んだ」とまでは言わない)人の大部分がどういう人たちだったのか、私は完全には理解しきれていない。







なお、こちらを和訳した方は、山口が神と崇めている方でありまして、私めごときミジンコ英語講師とは圧倒的に格が違うのですが、畏れ多くも誤訳を発見してしまいました。





その誤訳は①の中にあります。


but addicted chiefly to the opposite school of metaphysics, the ontological and “innate principles”


『しかしその少数派は主に形而上学の対極の学派、存在論や「生得原理」の学派に傾倒していた。』





the opposite school of metaphysics, the ontological and “innate principles”


ちなみに文法的にはこのように取り違えても仕方ないのですが、この先生の和訳だと


『形而上学の対極の学派=存在論・生得原理』


となります。


ところがこの『存在論・生得原理』は形而上学の対極ではなく、むしろ形而上学に分類されるものです。





なぜこのような誤訳が起こったのかというと、

“opposite”という形容詞を、そのまま”school of metaphysics”にかけてしまったからなんですね。



そしてこれは文法的には何も間違っていません。


ゆえに、『文法的にはそうとらえてしまっても仕方ない』のです。



ではどのように処理しなければならなかったのかというと、


『(私、ミルとは)対極の学派である形而上学の学派、つまりは存在論、そして生得原理』



これが正解になるのですが・・・この訳にたどりつくためには



①ジョン・スチュアート・ミルは本来、経験・観察・帰納を重視する形而下の学派であった

②一方、存在論や生得原理は、その対極である形而上の学派

③今回ミルは、『自分は本来であれば形而下の学派なのですが、あまりにも抽象的な本を書いてしまったため、少数派、そして形而上の学派であるみなさんの注目しか集めないと思っています』、と考えていた




こういった哲学的、思想的な背景を知っておく必要があります。




そして②であるがゆえに、『形而上学の対極の学派、存在論や「生得原理」の学派』という解釈は間違いであると言い切れるのです(この辺の哲学的背景は、インターネッツで調べるとすぐに出てきます)。






そういったわけで私山口、今回この英文と和訳を行ったり来たりしまして、たったこの一行、


the opposite school of metaphysics, the ontological and “innate principles”


を理解するのに軽く1時間は時間を費やしました。



・・・というわけで、去年は京都大学に合格した塾生に、その時は自分自身まったく気づくことなく『間違った情報』を伝えてしまったわけですが、この場を借りて訂正させていただけたらと思います。



しつこいようですが、文法的には『主に形而上学の対極の学派、存在論や「生得原理」の学派に傾倒していた』と取ることも可能です。



したがって、このように和訳した先生が文法的に間違っているわけではありませんし、むしろ山口からすれば天上界にいるようなお方です。


ですので、自分にとっての先生の評価が変わるわけではありませんし、これからもたくさん勉強させていただきたいと思っています。




(★ちなみに余談ですが、『physical=形而下の:metaphysical=形而上の』、はきちんとLEAPにも載っております。京都大学・早稲田国際教養では出題されたことがあります)


【当塾の塾生たちが英語だけではなく、国語にも強い理由】


では、果たしてこんな英文であったり、抽象度が高い哲学の文献が入試で用いられるのかというと、ほぼ間違いなく使われることはありません。


しかしうちの塾生諸君は、こういった難課題に果敢に挑戦していきます。



そしてこの英文を理解するためには、当然ですが英語力だけでは不十分です。



信頼度はさておき、この英文の難易度は、『オックスフォードやケンブリッジ大学の哲学を専攻している学生レベル』、なのですから。




・語彙力

・英文法


これは当然求められるものとして、プラスアルファで高い国語力、つまり日本語力も要求されます。






大学受験対策だけならば、仮にそれが東大だろうが京大だろうが、こんな難文に挑戦する必要はありません。


しかしこれは断言できますが、これほど強度が高い課題に取り組んだ受験生が、他の高校生に後れを取ることはありえません。




・・・などと偉そうなことを言っていますが、実際のところ自分も毎日ヒーヒー言いながらこういう英文と悪戦苦闘しております。



これは自分の信念なのですが、『お月謝をいただいている以上、それに見合ったもの以上のものをお返ししたい』と常に思っています。




そして中高生のみなさんと、受験という狭い箱庭だけではなく、一度しかない人生を幸せに生きていく、そんな学びを共有できたら、一指導者としてこれに勝る幸せはありません。








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